『ソフト/クワイエット』ベス・デ・アラウージョ監督インタビュー(後編) 白人至上主義者は単に邪悪な存在ではない!? そして気になるあの結末の理由は?
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『ソフト/クワイエット』
ベス・デ・アラウージョ監督インタビュー(後編)
白人至上主義者は単に邪悪な存在ではない!?
そして気になるあの結末の理由は?
苛烈な人種差別を題材にした不快指数MAXのホラー、『ソフト/クワイエット』が劇場で公開中だ。今回、本作で長編デビューを飾り、高い評価を受けているベス・デ・アラウージョ監督インタビューの後編をお届け。より内容を深掘りし物語の展開に触れる部分もあるので、ぜひ作品を鑑賞してから読むことをお勧めします。
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Q.主人公エミリーはじめ白人至上主義者の女性たちの犯罪行為は擁護できませんが、彼女らの境遇を考えると根っからの悪人にも思えませんでした。揺れ動くキャラクターの描き方のバランスにはどう気をつけましたか?
デ・アラウージョ監督:脚本を書く時は、キャラクターをひとつの側面からだけでなく、立体的に描くようにしています。あの女性たちを単に「邪悪な存在だね」と片付けてしまうのはとても危険なのです。キャラクターそれぞれの動機と目的をクリアにするよう意識していました。例えば、エミリーが最初に出会うレスリーはソシオパス(社会病質者)。他人が痛がるのを見て喜びを感じるんです。他の女性に関してもとにかく「これが正しい」と強く信じていて、そういった人は実際たくさんいます。特定の生活様式や宗教、自分の方が優れているという思想、性別二元論などにしがみついていなければ、自分の望む幸せ・繁栄は得られないと信じているのです。そのような、彼女らひとりひとりの動機の部分にフォーカスして書きました。
Q.エミリーの服装は、白人至上主義の女性たちの中で最もセレブらしく見えました。一方、夫のクレイグは全くそう見えず、同じ世界の人間でないように感じられました。そこにはどのような意図がありましたか?
デ・アラウージョ監督:初めて聞かれた質問です。私が表現したかったのは、エミリーが時間とともにどう変化してきたかです。エミリーがいかに自分のイメージを大事にしている人間なのか、そのイメージをどのように作ってきたのか、またそれによってあの夫婦の心がどれほど離れてしまったか、ということです。
Q.エミリーを「リアル・バービー人形」と形容するセリフが劇中にありました。キャスティングでは、あえて白人らしく、背が高く、髪が長い…など、まさにバービー人形のような容姿の俳優を選ぼうとしたのでしょうか?
デ・アラウージョ監督:エミリー役のステファニー・エステスは、エミリーと違って本当に素敵な女性だということを先にお伝えします(笑)。短編作品でも一緒にお仕事をし、「また一緒に組みたいね、当て書きで脚本を書くからできあがったら連絡するね」と話していました。それで、例えばDVなどをテーマにした脚本を書こうとしたのですが、何だか心が動かなくて。5ページくらい書いては止め、また翌日チャレンジする日々が続きました。ステファニーに、「私はいつもパーソナルなオートフィクション(自身の体験が基になっている自伝的なフィクション)しか書いていないから、あなたのための物語を書くのに難航してる」「ステファニーは白人だから、世間が私たち有色人種に向ける視線とはやっぱり違う部分があるんだよね」と話した後にエイミー・クーパーの動画を見て「これだ!」と思い、この物語ができあがりました。
Q.長回しのワンショットという撮影方法を選んだ理由と、それで苦労したエピソードを教えてください。
観客に一息もつかせたくないという気持ちがありました。映画が進むにつれて、どんどん緊張感が増していくようにしたかったのです。一瞬でもそうでないカットが入り込んでしまうと、テンションが緩んでしまいます。例えば、スタンダップコメディは全く観客を休ませずに応酬が続くし、戦争のシーンもよく全く休みのないワンテイク、ワンカットで表現されます。観客をその状況に置いて戦争のリアルから絶対に目を逸らさせない、という作り手の思いがあるからです。今回は戦地ではないですが、同じ形で作りたいと思いました。一番大変だったのは川や波など、水のシーンです。自然はコントロールできず、風も水も荒々しかったんです。安全面の心配もありました。違う船に乗り換える際にもカメラはずっとワンテイクなので、撮っていたグレタ・ゾズラが後ろ向きに水の中に入っていき、他の人に一旦カメラを預け、彼女が別の船に乗り換えた後カメラを返してもらう、というようなことをやりました。コンビネーションがとても大変でしたね。
※以下の質問では、詳細なネタバレはないが結末に触れているので注意
Q.なぜあのようなラストにしたのですか?
デ・アラウージョ監督:もし私が白人至上主義者たちに襲われたとしたら、彼女らは私の人生から何を取り上げるだろうと考えながら脚本を書きました。実は、第1稿から最終稿までに唯一変わった部分があの結末なのです。この物語はリアルで地に足の着いたものだと考えていますが、私たちはこのような状況があったとしても生き延びてきたんです。白人至上主義者たちは私たちを一掃しようとしてきたし、その試みはこれからも続くでしょう。奪われた命もたくさんありました。しかし私たちは実際に生き延びており、私たちの全員を殺すことはできません。本作の物語、そして歴史という人類の大きな物語において、全滅するかそうでないかはとても大きな違いです。それは、個人的に気持ちが落ち込んだ日に思い出す、とても大事な希望なのです。
インタビューは以上となる。
本作に込められたメッセージを深く知れる機会になったのではないだろうか。早くも、彼女の次回作が楽しみだ。
ベス・デ・アラウージョ(監督・脚本)
サンフランシスコ生まれ。カリフォルニア大学バークレー校で社会学の学士号を取得し、American Film Institute では MFA を取得した。いくつかの短編作品を制作後、本作で長編デビューを果たしSXSW2023でプレミア上映され審査員特別賞にノミネートされるなど高い評価を得た。特に批評家から絶賛されている。2017年フィルムメイカー誌が選ぶ「インディペンデント映画界の新顔25人」に選出。母親は中国系アメリカ人で、父親はブラジル出身。ブラジルと米国の2つの国籍を有している。『ドント・ウォーリー・ダーリン』(22)、『エターナルズ』(21)に出演したジェンマ・チャンを主演に迎えた新作『Josephine(原題)』を準備中である。
【ストーリー】
とある郊外の幼稚園に勤める教師エミリーが、「アーリア人団結をめざす娘たち」という白人至上主義のグループを結成する。教会の談話室で行われた第1回の会合に集まったのは、主催者のエミリーを含む6人の女性。多文化主義や多様性が重んじられる現代の風潮に反感を抱き、有色人種や移民を毛嫌いする6人は、日頃の不満や過激な思想を共有して大いに盛り上がる。やがて彼女たちはエミリーの自宅で二次会を行うことにするが、途中立ち寄った食料品店でアジア系の姉妹との激しい口論が勃発。腹の虫が治まらないエミリーらは、悪戯半分で姉妹の家を荒らすことを計画する。しかし、それは取り返しのつかない理不尽でおぞましい犯罪の始まりだった……。
監督・脚本:ベス・デ・アラウージョ(長編デビュー)
出演:ステファニー・エステス、オリヴィア・ルッカルディ、エレノア・ピエンタ、メリッサ・パウロ、シシー・リー、ジョン・ビーバース
2022年/アメリカ/英語/92分/16:9/5.1ch/原題:soft&quiet/日本語字幕:永井歌子/提供:ニューセレクト/配給:アルバトロス・フィルム/G
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公式サイト:soft-quiet.com
5月19日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
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