『i-新聞記者ドキュメント-』公開記念「常識を打ち破る映画会社スターサンズ」特集 ③ 『あゝ、荒野』(2017)
『i-新聞記者ドキュメント-』公開記念
「常識を打ち破る映画会社スターサンズ」特集 ③
『あゝ、荒野』(2017)
合計5時間超!上映時間の常識を破る、人生に一番近い映画
1960年代後半から70年代に演劇、映画、文学などマルチに活躍し、サブカルチャーの先駆者とも評され、今もなお各分野で多大な影響を与え続けている作家、寺山修司が1966年に発表した唯一の長編小説を、菅田将暉とヤン・イクチュンをW主演に迎えて実写映画化したのが『あゝ、荒野』。
寺山修司というのは、その天才ゆえ気が多かったのか、残した著述のほとんどは短歌や詩、長くてもコラムや競馬の勝ち馬予想くらいで全体的に短い。その中で唯一の例外であり、最も長いのが『あゝ、荒野』。
作り手の河村プロデューサーと岸監督はこの事実にどれほどの重心をおいたかはわからないが、長編とはいえ本としては普通の厚さのこの物語は、想像を斜め上に突き抜けるような、5時間を超える映画として生まれ変わってしまったのだった。
『あゝ、荒野』にはいくつか特徴的な原作との違いが見られる。原作の「青春ボクシング映画」としての基本線は残しつつ現代版として大胆にアップデートした挑戦的な作品として生まれ変わった。映画の時代設定を原作で描かれた高度経済成長期真っただ中の1966年から、今よりも少しだけ先の未来である2021年に変更。未来と言っても当然車が空を飛んでいるような世界ではなく、ほとんど今と変わらない様子の日本で、不況や3.11の影響、自殺の増加、デモ運動といった誰もが日々目にする現代日本にある問題を背景にしたリアルな空気感を重視した。
さらに、近未来の日本ならではの要素「社会奉仕プログラム」という奨学金の減額を条件に若者を自衛隊か介護職に就かせるという、なんとも恐ろしいが決してあり得ない話でもない設定が盛り込まれ、全共闘世代の河村氏の本領発揮といったかんじで、ある種のディストピア映画としても楽しめる(?)。
すべての要素をハッキリと際立たせては語らず、漂わせることでなんとも嫌な空気を醸し出される映画の中の空気。そんな空気を切り裂くように「怒り」や「孤独」を抱えた若者2人がボクシングに希望を見出していく中で急速に話は旋回していく。数か月の厳しいトレーニングでボクサーとなった菅田将暉の獣のような動きや刺すような目線には目を覚まされるような強い輪郭と迫力を感じる。
これはもう305分の人生といっていい。
本作は前後編の合計5時間が超える。過去で言えば『人間の條件』の9時間超えとか、『東京裁判』の8時間超えとかあるけど、はるか大昔の映画か、実録ドキュメンタリーもので、少なくとも今のエンタメ映画では考えられない規格外の長さである。(未公開シーンを追加して再編集された完全版ではさらに長い318分。)
長尺な映画は劇場で掛けられる回数も減ってしまうので普通ならばもっとタイトにするのが常識だが、あえて時代に逆行する方を選択したのは何故なのか?
UNEXTとの配信事業との絡みとかいろいろあったと思うが、究極的にはこれは河村プロデューサーの【寺山愛】なのかなと思う。
愛ゆえに削ることよりも語ることを選んだ会もあって、たっぷり時間をかけて描かれた人物たちの思いが一気に交差するクライマックスのボクシング試合の盛り上がり方は尋常ではなく、好むと好まざるとに関わらず、最後までみたらその達成感からか、もれなく涙腺が緩んでしまうほどのカタルシスが訪れる。やはり人生に一番近い映画だと思う。
【あらすじ】
ふとしたきっかけで出会った新次とバリカン。見た目も性格も対照的、だがともに孤独な二人は、ジムのトレーナー・片目とプロボクサーを目指す。おたがいを想う深い絆と友情を育み、それぞれが愛を見つけ、自分を変えようと成長していく彼らは、やがて逃れることのできないある宿命に直面する。幼い新次を捨てた母、バリカンに捨てられた父、過去を捨て新次を愛する芳子、社会を救おうとデモを繰り広げる大学生たち。2021年の新宿で、もがきながらも心の空白を埋めようと生きる二人の男の絆と、彼らを取り巻く人々との人間模様を描く強烈な青春物語。
【キャスト】
菅田将暉、ヤン・イクチュン ほか
【スタッフ】
監督:岸善幸
【映画はこちら】
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