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『空白』そのタイトルとは真逆の猛烈な感情の渦に巻き込まれる。

◆公開中の注目作 
『空白』

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

次々に挑戦的なテーマの作品を世に放っている絶好調の映画会社スターサンズから、これまた観客の神経を逆撫でする映画が生まれてしまった。それが本作『空白』である。そんなタイトルでありながら、中身は非常に濃密だ。

シングルファーザーの充(古田新太)と中学生の娘の花音の間にはほとんど会話がない。気性が荒く粗暴な充と気弱で大人しい花音は水と油(いやどちらかと言えば充の方が油だ。あっという間に燃え上がる)。ある日花音が何かを打ち明けようとするも充は相手にせず、その内容を知る機会は永遠に失われる。花音は近所のスーパーで、苦労人の若き店長である直人(松坂桃李)に万引きを疑われ、逃走の末に自動車事故で死んでしまうのだ。充は娘の弔い合戦をするように関係者すべてをその言動で斬りつけ、さらなる不幸を生んでいく…。

本作は単純な悲劇・復讐劇ではない。登場人物は皆善悪に二分できないし、ストーリーは進むにつれて複雑さを増し、観客の心を四方八方に引き裂こうとする。よく考えれば、これまで娘に無関心だった男が今さら絆を確かめるかのごとく暴走していくのは皮肉であり滑稽だ。それでも、安易にこのどうしようもない父親に寄り添い、お涙頂戴の結末にするのはそう難しくなかっただろう。娘の事故死は当然嘆き悲しむべき不幸であり、件のシーンには十二分どころか十五分に観客を打ちのめす力があるからだ。しかし、脚本も務めた吉田恵輔監督だけはその“当然巻き込まれるべき”感情の渦を俯瞰する立場におり、全体的には重苦しいドラマでありながら時たま思わず笑ってしまう場面を差し込んでくる(心温まるものではなく、ドライなユーモアだが)。監督が自覚しているように、本作には韓国映画的な、どんな気持ちになるべきか分からない得体の知れなさがある。

タイトルの『空白』が何を表しているのかは曖昧だ。充と花音の関係性か、充の復讐の理由の空虚さか。この事件でぽっかりと空いた充と直人の心の穴かもしれない。ちなみに本作の英語タイトルは『Intolerance(不寛容)』。何を赦すのか、誰を赦すのか、どう赦すのか、そもそも赦されるべきなのか。強烈な苦みも含んだ本作だが…皆さんコーヒーはお好きだろう(ちなみに筆者はコーヒーが飲めない)。苦味に価値を見出せるのは人間の特権だ(あっ、ジャコウネコも…)。答えのない問いを突きつける作品だが、本作の“空白”にはあなた自身の答えを出していただきたい。

【ストーリー】
はじまりは、娘の万引き未遂だった――。ある日突然、まだ中学生の少女が死んでしまった。スーパーで万引きしようとしたところを店長に見つかり、追いかけられた末に車に轢かれたというのだ。娘のことなど無関心だった少女の父親は、せめて彼女の無実を証明しようと、店長を激しく追及するうちに、その姿も言動も恐るべきモンスターと化し、関係する人々全員を追い詰めていく。

【キャスト】
古田新太、松坂桃李、田畑智子、藤原季節、趣里、伊東蒼、片岡礼子、寺島しのぶ

【スタッフ】
監督・脚本:吉田恵輔
音楽:世武裕子
企画・製作・エグゼクティブプロデューサー:河村光庸
プロデューサー:佐藤順子
撮影:志田貴之
制作プロダクション:スターサンズ
撮影協力:蒲郡市
配給:スターサンズ/KADOKAWA
製作:2021『空白』製作委員会
(C)2021『空白』製作委員会

公式HP:kuhaku-movie.com

 

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